布政
ふせい
名詞
標準
文例 · 用例
されば三十一年の秋、周王|をもて北平左布政使となし、謝貴を以て都指揮使となし、燕王の動静を察せしめ、巍国公徐輝祖、曹国公李景隆をして、謀を協せて燕を図らしむ。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
秋七月|布政使張貴の軍の殺気の迸るところ、箭をば放って府内に達するものすら有りたり。
— 幸田露伴 『運命』 青空文庫
胡tada^n〕)といふ言葉の音譯で、固有名詞であるまいといふ――が始めて唐にマニ教を傳來したのは、武后の延載元年(西暦六九四)であるから、その七十年前に建立された、この布政坊の胡神(胡)との寺院を總べて、三夷寺と稱して居る。
— 桑原隲蔵 『大師の入唐』 青空文庫
当時長州において藩政の枢機を掌る、周布政之助、長井雅楽の徒、松陰が才を愛せざるにあらず、また彼が心事を諒せざるにあらずといえども、彼が打撃的運動を以て、一藩の大事を破るものとなし、陽に陰にこれを沮めり。
— 徳富蘇峰 『吉田松陰』 青空文庫
当時参政周布政之助の家に押し懸け、その病を以て辞し、事を以て辞し、不在を以て辞するに関せず、憤然として坐に上り、火鉢を呼び、燈檠を呼び、雪中松柏を高吟し、男児死すのみを激誦し、その家人を驚かし、その四隣を惧れしめたる、子爵品川弥次郎の徒をして、回想せしめば、固に今昔の感に堪えざるものあらん。
— 徳富蘇峰 『吉田松陰』 青空文庫