幻辞.com

崇文

すうぶん
名詞
1
標準
文例 · 用例
降つて嘉慶に至つて、銭※も亦崇文総目に於て乾隆の旧に依つてゐる。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
設し此に一会社の興るあつて、正学一派のために校刻の業に従事し、毫も好事派を目中に置かなかつたら、崇文盛化の余沢は方に纔に社会に被及するであらう。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
宋以後は、實際目を通した目録は、宋の時の朝廷でやつた崇文總目と此の四庫全書の二つのみでありますが、民間の藏書家の目録は段々發達して來ました。
内藤湖南 支那の書目に就いて 青空文庫
崇文總目 前述の如く、正史に載せられた目録は、新唐書藝文志に至つて、最も粗略にして目録學の體をなさぬものとなつたが、同時に他の方面に於て、漢書藝文志・隋書經籍志などの體裁を學んで作られた目録が出來てゐた。
内藤湖南 支那目録學 青空文庫
それは崇文總目である。
内藤湖南 支那目録學 青空文庫
不思議なことには、新唐書藝文志も崇文總目も、同じ人が關係してゐる。
内藤湖南 支那目録學 青空文庫
當時の有名な文章家歐陽修は、新唐書の主もな編纂者であり、同時に崇文總目の序録の大部分もこの人によつて作られた。
内藤湖南 支那目録學 青空文庫
崇文總目は、やはり四部に分けられた目録であるが、六十六卷もあつた大部のものが、今日では殘缺してしまつた。
内藤湖南 支那目録學 青空文庫