関東大震災
かんとうだいしんさい
名詞頻度ランク #27143 · 青空 0 例
標準
Great Kanto earthquake (1923)
文例 · 用例
これで思い出したのは、関東大震災のすぐあとで小田原の被害を見て歩いたとき、とある海岸の小祠で、珍しく倒れないでちゃんとして直立している一対の石燈籠を発見して、どうも不思議だと思ってよく調べてみたら、台石から火袋を貫いて笠石まで達する鉄の大きな心棒がはいっていた。
— 寺田寅彦 『静岡地震被害見学記』 青空文庫
大正十二年関東大震災以前から既に地震学に興味をもっていたが、大震災の惨害を体験した動機から、地震に対する特殊の研究機関の必要を痛感し、時の総長|古在由直氏に進言し、その後援の下に懸命の努力をもって奔走した結果、遂に東京帝国大学附属地震研究所の設立を見るに到った。
— 寺田寅彦 『工学博士末広恭二君』 青空文庫
関東大震災にはたぶんあのへんも焼けたであろうが、つい先日電車であのへんを通るときに気をつけて見ると昔と同じ場所と思わるる所に二軒の黒焼き屋が依然として存在している。
— 寺田寅彦 『自由画稿』 青空文庫
次はその翌年九月の関東大震災である。
— 岡本綺堂 『深見夫人の死』 青空文庫
途々、電信柱に関東大震災の号外が生々しく貼られていた。
— 織田作之助 『夫婦善哉』 青空文庫
(大正十二年七月、渋柿)(『柿の種』への追記) 大正十二年七月一日発行の「渋柿」にこれが掲載されてから、ちょうど二か月後に関東大震災が起こって、東京じゅうの電燈が役に立たなくなった。
— 寺田寅彦 『柿の種』 青空文庫
一度目は、一九二三(大正十二)年九月一日の、関東大震災の後。
— 富田倫生 『本の未来』 青空文庫
旧日本橋区米沢町の老舗の和菓子屋に生まれ、敗戦を中学一年で迎えた小林信彦によれば、関東大震災で失われたとされる江戸文化の名残は、一九四五(昭和二十)年三月十日の大空襲まで残っていたそうです。
— 富田倫生 『本の未来』 青空文庫
作例 · 標準
祖母から、関東大震災の時の火災の恐ろしさについて繰り返し聞かされた。
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関東大震災から100年が経過し、防災意識を改めて高める必要がある。
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東京の都市計画は、関東大震災後の復興事業によって大きく形作られた。
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関東大震災の教訓を活かし、今の建物には高度な耐震技術が施されている。
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