詞花集
しかしゅう
名詞
標準
文例 · 用例
三 古今集、後撰集、拾遺集、金葉集、詞花集にはサビシの用例は少く、後拾遺集には六七首あるが、先づ概して少い方である。
— 斎藤茂吉 『『さびし』の伝統』 青空文庫
さて、そうした予備智識をはっきりさせた上で、今一度右の表を見直すと、平安末期の『金葉集』と『詞花集』とだけが十巻になっていて、歌数もはるかに少ないことが著しく眼につくであろう。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
『千載集』の撰者藤原俊成が、その名著『古来風体抄』の中で『詞花集』を批評していった次の言葉に目をとめられたい。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
詞花集は殊に様はよく見えはべるを、余りにをかしき様の振りにて、ざれ歌ざまの多く侍るなり。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
この間『詞花集』は天養元年、三十一歳のとき、六条|顕輔によって奏覧され、顕広の歌も一首とられている。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
当時歌人としては、六条家がすぐれていて、『詞花集』を撰んだ六条顕輔、その子|清輔、またその弟|顕昭法橋らが殊に大家であった。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
やがてしかし、顕輔は久寿二年に六十六歳で世を去り、子の清輔も父が『詞花集』を撰んだので、自分も『続詞花和歌集』を撰んだほどの人だが、勅撰の仰せを蒙ることなくて、治承元年に七十四歳で世を去った。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
一つ前の『詞花集』と比べて見ると、その点はことによく分る。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫