車騎
しゃき
名詞
標準
文例 · 用例
大司馬車騎將軍王音奇其文雅。
— 狩野直喜 『楊雄と法言』 青空文庫
何如となれば上記王音が大司馬車騎將軍の職に居たのは成帝のときであり、又た漢書の記事に先づ雄が京師に出でゝ王音の引立に逢つたことを敍し、然後「哀帝之初」云々と言つて居る。
— 狩野直喜 『楊雄と法言』 青空文庫
又た此處に考へなくてならぬ事は、楊雄を引立てた王音が大司馬車騎將軍に命ぜられたのは、成帝の陽朔三年で同じく永始二年に在官の儘薨去してゐる(成帝紀、元妃傳)。
— 狩野直喜 『楊雄と法言』 青空文庫
蘇東坡は梅直講に知られて其の徒となり得た樂を、『苟も其れ一時の幸を僥し、車騎を從へること數十人、閭巷の小民をして聚觀して之れを賛嘆せしむるも、亦た何を以て此の樂に易ん』と云ひ、更に不怨天、不尤人、蓋優哉游哉、可以卒歳と言つて居る。
— 中島徳藏 『巽軒先生喜壽の祝辭』 青空文庫
禁門の大将軍|洪信は、おびただしい部下の車騎をしたがえて、都門東京を立ち、日をかさねて、江西信州の県城へ行きついた。
— 吉川英治 『新・水滸伝』 青空文庫
朝廷の御感は斜めならず、(征賊第一勲) として、皇甫嵩を車騎将軍に任じ、益州の牧に封ぜられ、そのほか恩賞の令を受けた者がたくさんある。
— 桃園の巻 『三国志』 青空文庫
皇甫嵩将軍は、功によって、益州の太守に封ぜられ、朱雋は都へ凱旋するとただちに車騎将軍となり河南の尹に封ぜられている。
— 桃園の巻 『三国志』 青空文庫
四 勅使督郵の人もなげな傲慢さを眺めて、「いやに役目を鼻にかけるやつだ」と、関羽、張飛は、かたはらいたく思ったが、虫を抑えて、一行の車騎に従い、県の役館へはいった。
— 桃園の巻 『三国志』 青空文庫