嘉禎
かてい
名詞
標準
Katei era (1235.9.19-1238.11.23)
文例 · 用例
嘉禎四年二月二十九日様々の奇瑞のもとに七十七で大往生をとげた。
— 中里介山 『法然行伝』 青空文庫
彼は建久九年に生れ、承久乱の年には二十四歳で従四位上左権中将であったが、二十八(嘉禄元年)頭中将、二十九(嘉禄二年)従三位参議兼侍従、三十九(嘉禎二年)従二位権中納言に昇り、四十四歳(仁治二年)のときすでに正二位権大納言となった。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
その後十月になって、九条道家が院の御手もとに奉ってあった草本を尋ね出して、定家に完成を命じたので、引きつづきそれに従事し、翌嘉禎元年三月十二日に完成して奉った。
— 風巻景次郎 『中世の文学伝統』 青空文庫
」若林は言うのだが、お神はまた、「そう商売気出さんかていいがな。
— 徳田秋声 『縮図』 青空文庫
例のとおり改まってばかていねいに挨拶をする。
— 伊藤左千夫 『紅黄録』 青空文庫
技師はむろん主人と見たので、いささかていねいに用むきを談ずる。
— 伊藤左千夫 『箸』 青空文庫
『彼をめぐる五人の女』とかていふんだよ。
— 徳田秋聲 『女流作家』 青空文庫
自分が損をしてゐるのでもないことに、なにもさうムキにならんかていいぢやないか、おかしな奴ぢや、とまアさういふわけだ。
— 島木健作 『生活の探求』 青空文庫
作例 · 標準
日本の歴史では、嘉禎の変という事件がありました。
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嘉禎年間は、鎌倉時代末期にあたる。
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彼の研究テーマは、嘉禎期の文化についてだ。
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ウィキペディア
嘉禎 は、日本の元号の一つ。文暦の後、暦仁の前。1235年から1238年までの期間を指す。この時代の天皇は四条天皇。鎌倉幕府将軍は藤原頼経、執権は北条泰時。
出典: 嘉禎 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0