正心
せいしん
名詞
標準
文例 · 用例
「風雅の誠をせめよ」というは、私を去った止水明鏡の心をもって物の実相本情に観入し、松のことは松に、竹のことは竹に聞いて、いわゆる格物致知の認識の大道から自然に誠意正心の門に入ることをすすめたものとも見られるのである。
— 寺田寅彦 『俳諧の本質的概論』 青空文庫
『大学』の道はただこれ三綱領(明明徳、親民、止於至善)八条目(格物、致知、誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下)に止まる。
— 幸田露伴 『悦楽(現代訳)』 青空文庫
思うに我が聖賢伝来の道は、「正心誠意」『大学』というのも、「忠恕」『論語(里仁十五)』というのも、名付け様によって様々であるが、つまりは人本来の素直で美しいところを以って、素直に美しく物事に応じて行くまでで、仏教のように人を超え、キリスト教のように人を卑いとするものではない。
— 幸田露伴 『悦楽(現代訳)』 青空文庫
正心も誠意も忠も恕も、唯これ実際の事で、日常を離れた特殊な事では無い。
— 幸田露伴 『悦楽(現代訳)』 青空文庫
それで證道歌の正心銘を紙に小さく書いて、笠の裏へ張つたものである。
— 三島霜川 『自傳』 青空文庫
池坊の祖先|某は、六角堂に立花の会があつた時、自分の花に態と正心松を欠いて活けておいた。
— 大正五(一九一六)年 『茶話』 青空文庫
然れども凡そ宗教の世にあらん限り、人の正心の世界を離れぬ限り、吾人は「平和」なる者の必須にして遠大なる問題なるを信ず。
— 北村透谷 『「平和」発行之辞』 青空文庫
然れども吾人、豈偏狭|自ら甘んぜんや、凡そ道義を唱へ、正心を尊ぶもの、釈にも儒にもあれ、吾人|焉んぞ喜んで袂を連ねざらんや。
— 北村透谷 『「平和」発行之辞』 青空文庫