謹之
謹之
名詞
標準
文例 · 用例
あくる朝父は弟の謹之助を連れて、天満宮へ参ると云つて出ましたが、それ切どちらへ参つたか、帰りません。
— 森鴎外 『大塩平八郎』 青空文庫
番組は記憶しないが、京都から金剛謹之介氏が下って来て、その門下の「土蜘」、謹之介氏の「松風」「望月」なぞが出た。
— 夢野久作 『梅津只圓翁伝』 青空文庫
その謹之介氏の「松風」の時、翁は自身に地頭をつとめたが中の舞後の大ノリ地で「須磨の浦半の松のゆき平」の「松」の一句を翁は小乗に謡った。
— 夢野久作 『梅津只圓翁伝』 青空文庫
これは申合わせの時にもなかったので皆驚いたらしかったが、何事もなく済んでから、シテの謹之介氏は床几を下って、「松の行平はまことに有難う御座いました」と翁に会釈したという。
— 夢野久作 『梅津只圓翁伝』 青空文庫
そのうち明治何年であったか、京都で何かの大能が催さるるとかで、翁の状態を知らぬ旧知、金剛謹之介氏から翁に出演の勧誘状が来た。
— 夢野久作 『梅津只圓翁伝』 青空文庫
日本橋区芳町二丁目ヤマダ合資会社藤井謹之助さん。
— 宮本百合子 『三月の第四日曜』 青空文庫
当時イタリー第一のチブスの名医といわれたテデスコという先生に診て頂きましたが、このテデスコは当時八十才、今日の三浦謹之助博士位のお歳で、三浦博士位有名な名医でしたが、この先生の往診料が一回千リラなのです。
— 三浦環 『お蝶夫人』 青空文庫
三浦内科というのは有名な三浦謹之助博士の研究室のことでして、三浦は秀才だったので三浦博士の秘蔵弟子だったのです。
— 三浦環 『お蝶夫人』 青空文庫