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三礼

さんらい異読 さんれい・みれい
名詞
1
標準
adoration which is performed three times or repeatedly
文例 · 用例
その本宮は、中世実に日本国現世の神都のごとく尊崇され、諸帝みな京都より往復二十日ばかり山また山を踰えて、一歩三礼して御参拝ありし。
南方熊楠 神社合祀に関する意見 青空文庫
後年盛んに飜訳し出した頃二葉亭は『あいびき』時代を追懐して、「あの時分はツルゲーネフを崇拝して句々皆神聖視していたから一字一句どころか言語の排列までも原文に違えまいと一語三礼の苦辛をした、あんな馬鹿|骨折は最う出来ない、今ならドシドシ直してやる、」と笑った事があった。
内田魯庵 二葉亭四迷の一生 青空文庫
『あいびき』や『めぐりあい』を訳した時は一刀三礼の心持で筆を執っていた。
内田魯庵 二葉亭追録 青空文庫
それゆゑ大宝元年の学令に、「凡教授正業、周易鄭玄王弼注、尚書孔安国鄭玄注、三礼毛詩鄭玄注、左伝服虔注、孝経孔安国鄭玄注、論語鄭玄何晏注」と云つてある。
森鴎外 伊沢蘭軒 青空文庫
毅堂はそれより三年の後弘化元年某月、その齢二十歳の時、先考の遺命を奉じて伊勢|安濃津に赴き、藤堂家の賓師|猪飼敬所について主として三礼の講義を聴いていたのである。
永井荷風 下谷叢話 青空文庫
毅堂は三礼の攻究に最力を尽した学者で、その平生においても辞容礼儀には極めて厳格で毫もこれを忽せにしなかった。
永井荷風 下谷叢話 青空文庫
これに一筆三礼して絵画をモノした。
木村荘八 東京の風俗 青空文庫
智海は入口で三礼して片肌脱ぎになり、三歩進んで銀幣の入った巾着を卓に置き、率直に素志をのべると、大臣は「それはお安いご用。
久生十蘭 新西遊記 青空文庫
作例 · 標準
仏前で三礼の祈りを捧げ、静かに心を鎮めた。
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ウィキペディア

三礼(さんらい)とは、儒教における礼に関わる三種類の経書『周礼』『儀礼』『礼記』の総称。後漢の鄭玄が『周礼』『儀礼』『礼記』の三書を総合的に解釈する三礼の学を作り上げて以来、この名がある。『儀礼』(ぎらい) - 前漢では『礼』といえば『儀礼』のみを指していた。現存する17篇は前漢の高堂生が伝えた士礼部分を主としたもので、この「今文儀礼」高堂生本を「古文儀礼」で校合したものという。現在通行している『儀礼』は後漢の鄭玄注、唐の賈公彦疏が付けられて『十三経注疏』に収められている。 『周礼』(しゅらい) - 『漢書』芸文志には「周官」とあり、周の官制について書かれている。前漢、武帝の時代、民間から発見されたといわれる古文経である。天官・地官・春官・夏官・秋官・冬官に分けられるが、冬官部分は発見当初からなく、「考工記」という別の文献が当てられている。現在通行している『周礼』は後漢の鄭玄注、唐の賈公彦疏が付けられて『十三経注疏』に収められている。 『礼記』(らいき) - 『礼』に対する注釈であるが、戦国・秦・漢の礼家のさまざまな言説が集められている。『漢書』芸文志には「記」141篇とある。前漢時代、戴徳が伝えた「大戴記」、戴聖が伝えた「小戴記」があったが、現在の『礼記』49篇は「小戴記」である。唐代、『五経正義』に取り上げられ、鄭玄注に孔穎達が疏をつけた『礼記正義』が作られた。『礼記正義』は『十三経注疏』に収められている。

出典: 三礼 — ウィキペディア / CC BY-SA 4.0