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帯方

たいほう
名詞
1
標準
文例 · 用例
これをいずれにしても、その出発点が沿海州方面であることは、漢魏時代の倭人の交通がシナ本土、もしくは楽浪・帯方の諸郡であり、銅鐸文化の秦人の渡来が、おそらく秦韓地方から行われたと推測さるるのに相対して、きわめて興味深き問題であらねばならぬ。
喜田貞吉 奥羽北部の石器時代文化における古代シナ文化の影響について 青空文庫
倭人傳倭人在帶方東南大海之中。
内藤湖南 卑彌呼考 青空文庫
王遣使詣京都、帶方郡、諸韓國。
内藤湖南 卑彌呼考 青空文庫
帶方太守劉夏遣使送汝大夫難升米、次使都市牛利。
内藤湖南 卑彌呼考 青空文庫
裝封付帶方大守假授。
内藤湖南 卑彌呼考 青空文庫
但し帶方の郡名は漢時になきを以て、之を改めて韓とせるは、其の注意の至れる處なれども、左の條の如きは、猶全く其の馬脚を蔽ひ得ざるなり。
内藤湖南 卑彌呼考 青空文庫
魏略は女王國より帶方郡に至る距離を萬二千餘里としたるも、范曄は漢時未だ有らざる郡より起算するを得ざれば、已むを得ず、漢時已に有りたる樂浪郡の徼より起算せしなり。
内藤湖南 卑彌呼考 青空文庫
とあるを、若し日本とせば百餘國とするは疑ふべしといひ、又魏志の在帶方東南海中。
内藤湖南 卑彌呼考 青空文庫