覧雑
らんぞう
名詞
標準
文例 · 用例
ぼくは幼ないジレッタント同志で廻覧雑誌を作りました。
— 太宰治 『虚構の春』 青空文庫
うちあんたの知ってるように月一円五十銭の回覧雑誌とってるやろ。
— 織田作之助 『わが町』 青空文庫
「屋上」といふのは原稿紙を綴ぢて一冊とする廻覧雑誌の名で、僕は何とかといふ全くはぢめて書いた小品を岡田三郎の手から綴ぢて貰ひ、それぎりだったので準会員といふやうな感じで何時その雑誌が止めになったのかも知らなかったが三郎との交際はそのころからはぢまった。
— 牧野信一 『喧嘩咄』 青空文庫
私は私の周囲にいくつかの廻覧雑誌を次から次へともって行った。
— 三木清 『語られざる哲学』 青空文庫
それに藤岡は初めは文学者になるつもりであったらしく、彼の提唱で文芸の回覧雑誌が出来、私も一、二小説めいたものを書いたことがある。
— 三木清 『読書遍歴』 青空文庫
外国文学では、藤岡は特にワイルドが好きで『リーディング監獄の歌』を回覧雑誌に訳したりしていたが、私もワイルドのものを東京の丸善から取り寄せて辞書を頼りに読んだことがある。
— 三木清 『読書遍歴』 青空文庫
「字は大篆の読みにくく絵は丹緑のあどけない」回覧雑誌として第一号を発表したのが明治十八年の五月二日で、九号から謄写版と改めて十七号を重ねたというから、いよいよ街頭に立つまでの陣容を整えるにはかなりの長い準備を要したので、一と度起つや忽ち疾風枯葉を巻くが如くに文壇を切捲ったのも当然である。
— ――尾崎紅葉―― 『硯友社の勃興と道程』 青空文庫
ところで、四五人会と云ふのは四人だか五人だかはっきりしないグループで、時折、四五人会雑誌と称する勝手な回覧雑誌を発行してゐた。
— 原民喜 『四五ニズム述懐』 青空文庫