旱岐
かんぎ
名詞
標準
文例 · 用例
また日本紀に、欽明天皇六年九月百済王が任那の日本府の臣、及び諸旱岐に呉の財を贈るとある場合のクレも、当時支那においては南北朝既に合一した後の隋のことであり、この他にも百済人が隋を呉と称した例が日本紀に見えて、いずれも一般に支那をクレと呼んだ証拠となすべきものである。
— 喜田貞吉 『国号の由来』 青空文庫
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旱岐(かんき)は、古墳時代に朝鮮半島南部の任那諸国を治めた君主の称号であり、任那日本府の官職とされる。干岐とも表記される。
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