治定
じじょう
名詞
標準
文例 · 用例
慶応三年六月昭憲皇太后の入内治定の事が発表せられ、次で御召抱上等の人選があつたが、その際この薫子にも改めて御稽古の為参殿の事を申付けられた。
— 森鴎外 『津下四郎左衛門』 青空文庫
是は蓋し女御御治定に付き改めてこの御沙汰があつたもので、この時初めて御稽古申上げたものではあるまい。
— 森鴎外 『津下四郎左衛門』 青空文庫
今夜|鞆喜一六船へ乗船に治定。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
右の次第に付御家においても此度は彌以御武備不殘西洋流に御變革相成、人々の心得方區々不相成樣一方に御治定被遊、士分の面々へは專ら西洋の文學御引立、御一國の御武備御整相成候樣仕度奉存候。
— 福澤諭吉 『御時務の儀に付申上候書付』 青空文庫
――日本政府の貴官と治定の談判を遂んかため、此地より直接大阪に赴くへし。
— 徳永直 『光をかかぐる人々』 青空文庫
――日本政府の望み江戸に於て治定の談判ありたしとならは其旨大阪に告示あらんことを乞ふ、速に江戸表へ來るへし。
— 徳永直 『光をかかぐる人々』 青空文庫
翌年の三月、藩主|摂津守治定の供をして、秋成又四郎はあしかけ五年ぶりに帰国した。
— 山本周五郎 『百足ちがい』 青空文庫