道聴
どうちょう
名詞
標準
文例 · 用例
人若しその道聴途説の陋を咎むることなくば幸である。
— 森鴎外 『伊沢蘭軒』 青空文庫
十数年|以往文壇と遠ざかってからは較や無関心になったが、『しがらみ草紙』や『めざまし草』で盛んに弁難論争した頃は、六号活字の一行二行の道聴塗説をさえも決して看過しないで堂々と論駁もするし弁明もした。
— 内田魯庵 『鴎外博士の追憶』 青空文庫
」○ 原文の「道聴塗説」は熟語として通用している。
— 下村湖人 『現代訳論語』 青空文庫
――私どもは、ただ昨日お奉行のお申しつけのまま、御最後の決をお姿に見るまでは、決して、道聴塗説の紛々には動かされまいと、みな自若と構えてはおりましたものの、怖ろしいものは、妄を信じる世間の心理です。
— 吉川英治 『大岡越前』 青空文庫
「きょうは六月二日とあれば、さだめし、鹿ヶ|谷の俊寛僧都の庵に衆会のお催しあることと存じまするが、院の御深くに在わしてすら、道聴途説、とかく、世上のうるさい折から、さような集まりの席へ、しかも夜中のお出ましはいかがなものかと存ぜられまする。
— 吉川英治 『親鸞』 青空文庫
――そうした道聴塗説は、今にも、鍋の煮え油へ、火の落ちそうなうわさばかりであったが、年の市の賑わいは、(戦は、侍のするものだ) と、いわないばかりに、べつな世間と、べつな観測から、(始まったら、始まったときのこと。
— 吉川英治 『松のや露八』 青空文庫
――いいか、おばばの手を曳いて来いよ」道聴途説一 武蔵は後に残って、黄昏れを待っていた、いや使いの戻りを待つのだった。
— 風の巻 『宮本武蔵』 青空文庫