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呂宋

ルソン
名詞頻度ランク #42154 · 青空 566
1
標準
Luzon (Philippines)
文例 · 用例
後に至って、天正の頃|呂宋に往来して呂宋助左衛門と云われ、巨富を擁して、美邸を造り、其死後に大安寺となしたる者の如きも亦是れ納屋衆であった。
幸田露伴 雪たたき 青空文庫
去る程に此寺の住持なりし彼の和尚は、もと高野山より出でたる真言の祈祷師にて御朱印船に乗りて呂宋に渡り、彼地にて切支丹の秘法を学び、日本に帰りて此の廃寺を起し、自ら住持となりし万豪|阿闍梨と申す者に侍り。
夢野久作 白くれない 青空文庫
では、いかにも、神妙に白状いたしましょうが、何をかくそう、てまえは、もと、あれなる非業の死をとげしめた破牢罪人の源内などとともに、長崎表に根城を構えて、遠くは呂宋、天竺あたりまでへもご法度の密貿易におもむく卍組の一味にござりました。
卍のいれずみ 右門捕物帖 青空文庫
然るに、その秀吉が、南洋、主として呂宋に対し、経略の手を延ばしたのは、原田孫七郎の進言があったからである。
国枝史郎 秀吉・家康二英雄の対南洋外交 青空文庫
折柄秀吉は征韓の志を起し、武備兵糧を充実させた時であったから、天性の豪気いよいよ盛んに、直ちに右筆をして、呂宋総督マリニャス宛ての勧降の書を認ためしめ、末段に「来春、九州肥前に営すべし、時日を移さず、降幡を偃せて来服すべし、もし匍匐膝行遅延するに於ては、速かに征伐を加うべきや必せり」と記させた。
国枝史郎 秀吉・家康二英雄の対南洋外交 青空文庫
楼船海に浮んで路次|呂宋に入るは容易のことである。
国枝史郎 秀吉・家康二英雄の対南洋外交 青空文庫
呂宋の大守はよろしく早く予に降服せよ。
国枝史郎 秀吉・家康二英雄の対南洋外交 青空文庫
しかし秀吉は、その後間もなく慶長三年に薨じたので、折角の対|呂宋強硬外交も、実利的の実は結ばなかった。
国枝史郎 秀吉・家康二英雄の対南洋外交 青空文庫
作例 · 標準
太平洋戦争中、激戦地となった呂宋島には今も多くの慰霊碑が建てられている。
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江戸時代初期、呂宋助左衛門という商人がフィリピンとの交易で巨万の富を築いた。
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マニラがある呂宋は、フィリピン諸島の中で最も大きく、人口も密集している。
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