応試
おうみ
名詞
標準
文例 · 用例
海野はその答を聞くごとに、呆れもし、怒りもし、苛立ちもしたりけるが、真個天真なる状見えて言を飾るとは思はれざるにぞ、これ実に白痴者なるかを疑ひつつ、一応試に愛国の何たるかを教え見むとや、少しく色を和げる、重きものいひの渋がちにも、「やましいことがないでもあるまい。
— 泉鏡花 『海城発電』 青空文庫
で、店へ来て働いていただくに当りまして、この、霊力ある御方を俗人の分際で試験致すなど申上げては、こやつ陽気の加減で少々のぼせが来てゐるやうだなと定めし御心外のことかと存じまするが、なんと申しましてもわたくし共俗人眼識がありませんので、一応試験のやうなことを致さなくては人の値打が分りません。
— 坂口安吾 『盗まれた手紙の話』 青空文庫
「実はわたくし、先日お手紙をいただきました折に、いやもう、これが俗人のなさけないところで、とにかく一応試験といふものをさせていただき、霊力を納得させていただいたうへ、御共力願ふことに致さうと斯様に考へましてな。
— 坂口安吾 『盗まれた手紙の話』 青空文庫
そして、それに対する製作上研究的な考察は、その絵を語ると同程度に、ここで一応試みて置かなければならない義務がないではないが、これが工作に関する事柄は、専門作家の為に触るる事の多い割合に、一般鑑賞家の為には因縁|稍疎にして遠き感がある。
— 北大路魯山人 『古染付の絵付及び模様』 青空文庫
明智さんが簡単な反応試験をやってくれた」「まあ、やっぱり……」「きみが注意してくれたので、いのち拾いをしたよ」 だが、美与子には、いのち拾いをしたということよりも、今後の恐怖のほうが大きかった。
— 江戸川乱歩 『影男』 青空文庫
試驗に應ずるものも、唐代では一ヶ年に五十人位より及第しなかつたが、明以後、科擧の及第者は非常に増加して、或時は三年に一度であるけれども、數百人を超え、ことに應試者は何時でも一萬以上を數ふる事となつた。
— 内藤湖南 『概括的唐宋時代觀』 青空文庫
余懷が板橋雜記に、「逢秋風桂子之年、四方應試者畢集、結駟連騎選色徴歌、」と記るし、科に逢ふ歳の陰暦八月此歌舞の郷亦其餘惠を受け、「平康之盛事」を現じたりと云へり。
— 原勝郎 『貢院の春』 青空文庫